船頭の話 第八話 「月光」

船頭の話 第八話 「月光」

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「あー! ジェロームであっしが出会った女の話をしましたっけ?
月の光が大好きだからって、昼間に寝るんですぜ。なに、つまらん話でさ」

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わしの乗った船は嵐にあい、ジェローム沖で沈没した。

生き残ったのはわしひとりだった。

船を失い、仲間を失い、これからどう生きていっていいのか、悲しみと不安でいたたまれなくなっていた時期だった。

夜も眠れずに、寝静まったジェロームの街を徘徊していたときだった。

ひとりの娘が、宿屋の中庭にいるのをみつけたのだ。

月がきれいな夜だった。



娘は、いくつかの大きな銀の盆に水を張って、中庭に並べていた。

なにかの儀式をしているようにもみえる姿は、人ではないように見えた。




「あんた、魔女かい?」

声をかけると、ゆっくりとわしを振り返った。


「・・・・・いいえ、私は魔女ではないわ」

娘はえらく抑揚の無い声で応えた。

深夜に男に声をかけられたというのに、びっくりするでもおそれるでもなく、その瞳にはなんの感情もこめられてはいなかった。

月明かりに浮かび上がった娘の顔は、透けるように白く美しかった。


「あんた・・・・・幽霊かい?」


「・・・・いいえ、私は幽霊ではないわ」


妙な娘だ。

しかしなんとも美しい。


「あんた、女神か?」

わしは少しおかしくなっていたんだろう。この娘に何かしらの救いを求めていたのかもしれない。


「・・・・いいえ、わたしは・・・違うわ」

娘が薄く笑った。


「あんた、なにをしてるんだい」


「月の光を集めているの。ほら、この水盤に映った月を見て。なんてきれいなんでしょう」

水盤に映った月は確かに美しかったが、光を集めるとはどういうことだろう。

わけがわからず黙っていると、なんと娘が衣服を脱ぎ始めた。


「ななな、なにをしているんだ?」

娘はかまわず裸になってしまった。顔と同じにすけるように白い肢体が月光に照らされてあらわになった。


「月の光を浴びるの。私には必要なことだから。」

恥じらいも戸惑いも無く、娘は両手を広げて面を月に向けると目をつぶった。

その姿は神々しくもあり、キチガイじみてもいた。

どれほどの時間をそうしていただろう。

娘は両手を胸のまえで祈るように組むと、異国の言葉をつぶやいた。

すると、水盤から光がたちのぼり、娘の胸に吸い込まれていった。

夜明けが近いようだった。

娘は呆然とするわしが、まるでいないかのように衣服をまとうと、水盤をかたずけはじめた。


「あんた、本当に魔女じゃないのか?」


「・・・・・いいえ、私は魔女ではないわ。もう、休まなくては。さようなら」

娘は無感動にそう応えると、水盤をかかえて宿屋に入っていった。





不思議な娘がいなくなっても、わしはなんとなくその場所にとどまっていた。

朝日が昇る頃に、宿屋に朝餉の煮炊きの気配がしはじめた。

宿屋のおかみが、中庭にでてきて、こんな朝早くに何をしているのかとわしを問いただすので、さっきまでここにいた娘と話をしていたというと、おかみは興味深々でどんな話をしたのかと聞いてきた。

娘は半月ほども逗留していて、昼間は寝ていて、夜になるとおきだして中庭で過ごしているということだった。

ほとんど会話もないが、宿に迷惑をかけるでもなく、払いも前払いでもらっているので問題はないのだが、とおかみはいった。

ただ、宿でだす食事を断るので、夜中に食べていたのかと心配をしていた。

娘はなにをしていたかと聞かれたが、まさか素っ裸になっていたともいいずらくて、月の光を楽しんでいたとだけ言っておいた。





次の日の夜も、月がきれいに出ている夜だった。

わしは娘に会いにいった。

娘はやはり、水盤を広げて、裸になって月の光を浴びていた。



「宿屋のおかみが、あんたが飯を食わないと心配していたよ」


「私には食事は必要ないの。月の光があれば十分なの」



娘からはなしてくることはなかったが、問いかければ応えは返ってきた。


「なんのためにそんなことをしているんだ?」


「しなくてはいけないことをするため。月の光は私に力をくれる」



「なにをしなくちゃいけなんだ?」


「・・・・・罪をつぐなうのに必要なこと・・・・・」



「どんな罪をおかしたんだ」


「妹たちを見殺しにした罪」

わしはそれ以上は聞けなかった。

ひとり生き残ったわしは、それを自分の罪のように感じていたからだ。

船が難破した嵐の夜が、わしの脳裏になんども浮かんで、眠れない日々を繰り返していた。

嵐も難破も、わしの責任ではないのはわかっていたが、誰一人として救うことができなかったわしは、そのことが罪のように感じる日々を送っていたのだ。

この娘もそうなのだろうか。

女だてらに、どんな責任を感じているのだろうかと思うと、わしは娘にさらに興味がわいた。

わしは毎夜、娘のもとに通うようになった。

ぽつぽつと、わしが自分が罪と感じていることを話しても、娘からなにかをいってくることはなかった。

問われない限りは、娘は無言で、ひたすらに月の光を浴びていた。

ピクリとも動かない娘の姿は、女神の彫像のようにも見えた。

わしはその姿にむかって、ざんげしていたのだ。

失った仲間に、先に逝かせてすまなかったと、わびて泣いて、それでも娘はただじっと、神々しい姿でたっているだけだった。




数日後の新月の晩だった。

その晩は、月がでていないからだろう。
娘は水盤を並べていなかった。



娘は中庭をでて、どこかに出かけようとしていた。


どこにいくのかと問うと、娘は応えた。


「今夜は新月。約束の夜だから」

娘が飛ぶように走り出した方向には、ジェロームの墓場があった。

ジェロームの墓場は、夜になるとゾンビやスケルトンの姿になった亡者がうろつくので、丈夫な鉄格子でかこまれて、入り口には鍵をかけられている。

<効果音>鉄の扉が開く

入り口に手をかけると、鉄の扉がやすやすと開いた。

娘はすでに墓場に入り込んでいて、亡者の群れにかこまれていた。

<効果音>ゾンビ

娘は、胸元で祈るように手を組み、異国の言葉を唱えていた。

このままでは娘が亡者たちに殺されてしまう、むりやりにでも墓場からもどらせなければ、と、墓場に踏み込んだわしにも、亡者たちもむかってきた。

そのときはじめて、聞かれても無いのに娘が口をきいた。


「なぜきたの。私の姿をみてはいけないのに」



娘のからだが、いきなり光り輝き始めた。

月の光とおなじ、あわく輝く娘の姿が、小さく、小さく縮まっていき、そこに現れたのは・・・・・・背中の透明な羽ではばたく小さな妖精だった。


小さな妖精は、両手を広げると小さく息を吐いた。



妖精の体から月と同じあわい光が勢いよく飛び出したかと思うと、光を浴びた亡者たちの体が土くれとなり崩れていった。

<効果音>光が発射される&くずれる

わしを襲おうとしていた亡者も、すっかり崩れてしまい、まもなく妖精の輝きがきえると静寂と闇が訪れた。




<効果音>人が倒れる音

なにかが倒れる音がした。

闇の中で目をこらすと、娘が倒れていた。

助け起こすと娘が弱々しくつぶやいた。


「まだ・・・・・まだ足りないのですね、お姉さま・・・・・」

そのまま気を失った娘をかき抱いて、わしは墓場を後にした。

娘はからだは死人のように冷え切っていた。

墓場の扉を閉めたとき、あらたな亡者が生まれた不気味な声が聞こえていた。

<効果音>ゾンビの声




娘を宿屋に担ぎこんだころには夜が明けていた。

すでに起きていたおかみたのみ、わしは娘に付き添って昼を過ごした。

娘はこんこんと眠り続け、夜になると目を覚ました。


「あなたはなぜここにいるの?」


「墓場にあんたをおいてくるわけにはいかないだろう。亡者に食われてしまう」


「わたしを助けたの?」

娘はしばらく黙ったあとで、いつものように無表情にではなく、申し訳なさそうな顔をした。



「あなたは私の本当の姿をみてしまった。あなたの運命は私とつながってしまったわ」


「それならあんたのことを話してくれ。あんたと運命がつながったのなら、俺には知る権利があるだろう」


「わたしを知ったら、あなたは私を嫌いになるかもしれない」

それは、はじめてきいた、人間らしい言葉だったと思う。


「わたしはイルシェナーの霊性の森の妖精。

霊性の森はとても清浄で穏やかで・・・・・・そして退屈だったわ。

わたしは妹たちを、冒険に誘ったの。

亡者が巣くうダンジョンへの、ちょっとした遠足のつもりだったわ。

妹たちも、はじめてみる闇の世界を、おそれることもなく悠々と進んでいったわ。

でも、私もいったことがない闇の奥にとんでもない悪魔がいたのよ。

黒閣下とおそれられている悪魔に、みんな殺されてしまった。

私はたったひとりで、まだ生きていたかもしれない妹たちをみすてて逃げ帰ったの。

そしてお姉さまに・・・・・・罰を与えられたの。

ジェロームの墓場を浄化するまでは、もどってはいけないの。

妖精にとって、月の光は力の源だから、毎晩月の光を浴びて、集めて、新月の夜に、闇に集う亡者を倒さなくてはいけないの」




娘は苦悩に満ちた顔をしていた。

月の光を浴びていたときの神々しい姿とはちがい、か弱い娘の顔をしていた。


「お姉さまは、わたしの本当の姿をみた人間がいたら、その人も一緒に亡者を倒さなければいけない、といったわ。

そうしなければ、わたしが浄化を果たせずに死んだときに、一緒に死んでしまう呪いをかけたのよ」

娘が妖精になった姿をみたあとでは、わしは娘の言葉を信じるしかなかった。

それに、いつもよりも弱く、はかなげに見える娘の、しなければならない試練を思うと、見捨てるわけにはいかなかった。



次の新月にむけて、毎晩娘は月の光を集め浴びた。

娘はよく、自分のことを語るようになった。


「霊性の森には、自然しかないの。樹齢を重ねた大木。露にぬれた下草。動物たちもおだやかで、悪いものはいっさいいないの。私たちは、木々のてっぺんまで飛んで、思う存分月の光を浴びたわ。ここは人間の街だから、どうしても光の効果が薄れてしまう。早くふるさとに帰りたいわ」

わしは人がほとんど住んでいない場所へ、娘を連れ出そうと考えた。

ジェロームは三つの島で形成されていて、そのひとつには放牧場があり、ほとんど人間がいない。

ところが娘は、放牧場いきのテレポーターを通ることができなかった。


「お姉さまの呪いなの。わたしはテレポーターもゲートも使えない」


「だったら船でいこう」

わしが小船をかりてきて、娘をのせて海をわたった。

夜の航海だが、島を渡るくらいなら船乗りのわしには造作もないことだ。

イルシェナーには船がないという。


「私たち妖精は、水の上は飛べないの。船に乗るのはすてきね。海の上の風はとても気持ちがいいわ」

海かぜにあおられて広がる髪が月明かりに輝いて、羽のようにみえた。


放牧場につくと娘はいつものように衣服を脱ぎ、月の光を浴びた。


「ここは街のなかよりも清浄だわ」

いつもと違うのは、月に向けた顔に笑顔が浮かんでいることだった。

娘はもはや彫像ではなく、生きた娘としてたたずんでいた。



「なあ、もし俺が死んだら、あんたはどうなるんだ?」


「どうにもならない。私の運命はあなたの死とは関係しない」


「俺はまきこまれ損ってことか」


「ええ、そうなるわね。ほんとうに ごめんなさい」

娘のほほがうっすらと紅色に染まっているように見えた。

娘はびっくりするようなことを言った。


「恥ずかしいわ。あっちを向いていて」

わしはあわてて目をそらし、娘が服を着て声をかけてくるまで、夜空の月を眺めていた。

それからは、わしは娘の隣で、裸の娘をみることはせずに、一緒に月だけを見る夜を過ごした。

それまでひんやりと冷たく感じていた月の光が、ほんわりと暖かく感じるようになっていた。






次の新月の夜がやってきた。

娘とわしは、墓場に向かった。わしも亡者と戦うために、武器をもっていった。


「力が十分ではないかもしれない。でもいかなければならない」


「わかっている。今度は俺も戦う。きっと大丈夫だ」

墓場の敷地に入ると、亡者たちがわらわらと、娘とわしにむかってきた。

<効果音>ゾンビとの戦闘

娘は小さな妖精の姿になり、光を放ち始めた。

次々と亡者が土くれになっていくなかで、わしに向かってくるゾンビが、腐った息をはきながら声を発した。

その声は「アニキ」と聞こえた。

ゾンビがまとった服と背格好に見覚えがあった。

嵐で死んだわしの弟分だったのだ。

妖精の光が弟分のゾンビにむかったとき、わしはゾンビをかばってしまった。


「だめだ、こいつを殺すな」


「なぜ?もう死んでいるわ」


「こいつを2度も殺したくないんだ!」

しかしそれは無駄でバカな行いだった。弟分のゾンビはわしに噛み付いて食おうとしてきたのだ。

<効果音>ゾンビがかみつく


「だめ!」

妖精は光をはなち、ゾンビを土くれにした。

わしは傷から暖かい血がどくどくと流れていくのを感じていた。たぶんもう助からない。


「俺も死んだらゾンビになって、あんたに浄化されるのかな」


「だめ、死んではだめ」

<効果音>光

妖精が強い光をはなった。

わしが出血と痛みが消えるのを感じた。

すると妖精は娘の姿にもどって、わしに覆いかぶさった。その瞳には涙が浮かんでいた。


「俺のために力を使い果たしてしまったのか?なぜ?」


「あなたがいなくなるなんてダメ、だめなの」

<効果音>ゾンビ


倒れているわしと、覆いかぶさっている娘を亡者の群れが囲み、いまにも引き裂こうとしていた。


<効果音>光

新月で闇夜のはずなのに、巨大な月が天空に現れた。

<効果音>ゾンビの断末魔

強い月の光を浴びた亡者の群れが一瞬で土くれとなり崩れていった。


<効果音>妖精の羽音







娘とわしが、月をみあげると、その中心には薄い羽を羽ばたかせて宙に浮く巨大な妖精がいたのだ。


「お姉さま・・・・」


「あなたの思いが私を呼んだ。あなたがその男を助けたいと思ったように、わたしもあなたを助けたい」


「わたしの罪は消えません。妹たちは死んでしまった」


「そう、罪は消えない。あなたは森にかえりたい?」


「かえりたい・・・・でもこの人のそばにもいたいのです」


「つぐないのために、あなたは、まだ、森には帰れない。でも私は、あなたに人間の命を与えましょう。人間としての命をまっとうしたときに、あなたは許されるでしょう。」

<効果音>妖精の羽音


「あなたの幸せを祈っているわ」

姉と名乗る妖精が光り輝くと、天空の月とともに消えて、闇がおとずれた。





わしと娘は墓場をあとにしたが、支えた娘の体が熱く火照っているがわかった。

娘はそのあと熱をだして長いこと寝込み、熱が下がったのは次の新月の夜だった。

娘は記憶を失っていた。

わしは宿屋から娘をひきとりやがて所帯をもった。



妻となった娘は、人間らしく、昼間に起きていて夜は眠る生活をするようになった。

あいにく子供はできなかったが、人間として新月の夜に生まれ変わった妻をささえて生きるのが、わしの生きがいとなった。

妻は眠る前に月をみあげては、両手を祈るように胸元で組んではうっとりとしていることはあっても、異国の言葉をつぶやくこともなく、ただ、お日様よりもお月様のほうが光がやさしいから好きとだけ言っていた。


「なぜかしら。月をみると、とても懐かしい気持ちになるの」

透き通るようだった白い肌も、日の光にあたるようになって健康的な肌色になり、普通に食事もするようになったので、年老いてふっくらとしたりしましたが、ほどほどに生きて、わしよりも先に、亡くなりました。


埋葬した晩に、墓場に目をやると、淡く輝く光の玉が、月に向かってゆっくりと昇っていくのがみえた。

妻は人間としての命をまっとうし、やっと妖精の森にかえっていったのでしょう。

わしが幸せであったように、妻も幸せであったのだと、わしは信じたいのです。

妻との穏やかな思い出と共に、わしは余生も幸せに過ごすことができるでしょう。


<効果音>妖精の羽音



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(あとがき)
第八話は暗めのお話です。でも個人的には好きだったりします。

今回は、月の光を音で表現していただきまして、音響効果担当にはたいへんお世話になりました。

ただ・・・・・・ゾンビの効果音があるじゃないですか。

なんかこれで、音響効果担当がなにかに目覚めてしまい、あとあと大変なことになるのでしたが、それはまたあとのお話。


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