小説版 「船員は良い酒を好む」

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「船員は良い酒を好む」 作:ジニー
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「今日はもう店じまいだよ、でてってくんな」
まだ1杯しかのんでいないというのに、酒場の親父が男を追い出しにかかったのはまだ宵の口だった。
「なんだよ、さっき座ったばっかりだぞ。まだ椅子も温まっちゃいないじゃないか」
「悪いねお客さん、外がちょっと物騒になってきたようなんでね。お客さんも早く船にもどったほうがいいよ」
確かに日が暮れているというのに、店の外をなんども軍馬が通ったり、鎧と剣が触れ合うがちゃがちゃという音が気になっていたりはしていた。
「今夜は大きな戦いが起こるかもしれない。こわくって店なんか開けていられないよ。頼むから帰っておくれ」
「ラヴァ戦か・・・・・・仕方ないな。引き上げるとしよう」
「戦争が落ち着いたら、ゆっくりきておくれな」
男が酒代をテーブルにおいて店をでると、店主はそそくさと看板を下ろして明かりを落とした。
初夏の暖かい夜で、霧のような雨が街を覆っていた。ぼんやりとした街路灯の明かりが、ラヴァの戦場に向かって走る軍馬に乗った戦士の一団を照らしていた。
「やれやれ、物騒なときにきちまったな」

男がサーペンツーホールドの港に着いたのはその日の午後だった。
積んできた荷物を降ろす作業で、他の船員は船に残っていた。
男は、食料やらの必要物資の手配のために、一人上陸したのだが、仕事を終えてさあ酒場で楽しもうと思ったところで早々に追い出されてしまったのだ。
「まだ飲み足りないな。船には大して酒は残っていなかったから、もう全部飲まれちまっただろうなあ」
男がサーペンツホールドにくるのは初めてではなかった。
確か城壁の外にも、小さな酒場や宿屋があったのを思い出し、そちらの方向へ向かってみた。
軍馬の一団は、さっきのが最後だったのか、もうすれ違うこともなかった。もう戦闘が始まっているのかもしれないが、男にはどうでもいいことだった。
記憶にあった酒場も宿屋も、明かりが消えてしんとしていた。
中の明かりは外にもれないように、そして余計な音を立てないように気を使っているのだろう。戦争という嵐は、隠れてやり過ごすのが一番なのだ。
霧のような雨は、男を不快にさせるどころか、むしろなにかに包まれているような、ほっとしたような感覚にさせていた。
思い当たる場所をしばらく歩いて、あきらめようかと思った頃、集落の一番はずれに明かりがついている窓をみつけた。
看板らしき板が入り口にかかっているので、宿屋か酒場だろうと、男は近寄っていった。
以前に来た覚えは無いが、窓から中をのぞくと、酒場のようなつくりだった。
背の低い娘がひとり、後姿で立っているのがみえた。客はひとりもいないようだった。
あるいはここも、すでに客を追い出して閉めるところなのだろうかと男は思ったが、ためしに声をかけてみようと入り口に手を伸ばした。
ドアは内側から開けられた。
「おかえりなさい、遅かったのね」
窓越しにみた背の低い娘がドアを開けたのだった。
娘は目の前に男が立っているのを見て、うれしそうに見上げて顔を見て、そしてがっかりしたようだった。
「待ち人じゃなくて悪いな」
男がいうと、
「ううん、いいの」
と、微笑んだ。
年のころは17,8というところだろうか。
女というよりは、まだまだ少女らしい愛らしい娘だ。
「ここは酒場かい?」
「ううん、酒場はだいぶまえにやめてしまったの。でも人を待っているので、明かりはともしているのよ」
男が店内をみまわすと、今にも営業できそうなくらいこぎれいにされていたし、カウンターのむこうには酒瓶も並んでいた。
「せっかくきたんだから、飲ませてもらえないかね」
娘は一瞬きょとんとして、それからくすくすと笑った。
「お酒がすきなのね。いいわ、ひとりで待っているのも暇だし、話相手をしてくれるなら飲ませてあげるわ」
つまみは何もないけれど、といってついでくれた酒は、すっきりとした飲み口で、なかなかいいものらしかった。
「この酒はうまいな」
娘はにっこりと笑った。
「お父さんはお酒の銘柄にはこだわっていたから。わたしはお酒は飲めないけれど、きっと美味しいわよ」
「おやじさんがいるのかい。今日はでてこないのかい?」
「お父さんは、でかけているの。もう何日も帰ってこないの」
娘はくったくなく笑顔で言うのだが、男は不安を感じた。
この街では、たまに戦争にまきこまれたり、または戦士に面白がってもてあそばれたあげくに、殺される市民がいたという噂も先の酒場で聞いたのだ。
こんな若い娘をひとり残して、何日も戻らないというのが不吉なことがあったのではないかと男は思った。
「何日もひとりで待っているのはあぶなかろう。身を寄せられる親戚は近くにいないのか」
娘はむっとした顔をした。
「子供あつかいしないで。私は一人前よ」
男は素直な娘に可笑しくなった。ぷっとほほを膨らませて不満げにしている娘は、子供にしか見えなかったからだ。
「そうか、あんたは一人前の女だって言いたいんだな」
「そうよ、ちゃんと恋人もいるんですからね」
かわいい娘だと男は思った。あくまでもかわいいのであって、男にとってはまだまだ子供であったのだが。
「あんたの恋人というのはどんな男なんだ」
娘はうれしそうに話し始めた。
「彼はね、腕のいい漁師なの。お父さんの酒場に魚をおろしていたのよ。それでね、この街は物騒になったから、よその島にいこうって、私とお父さんを連れていってくれるって約束してくれたの。お父さんと彼は、私たちを乗せてくれる船を捜しにいったのよ。こんなご時勢だから、乗せてくれる船がなかなか見つからないのかもしれないわ」
変な話だな、と男は思った。
こんなご時勢だからこそ、島を脱出する客を断る船は少ない。いくらでも高値を請求できるから、そういった客は美味しいのだ。
船に客を乗せる余裕が無い限りは受け入れるはずだ。
ましてやこの島は、生産物がほとんどないので、帰りの荷はほとんどない。
ぼったくれる客を断る船はまずないはずだ。客がよほどの貧乏人であっても、いくばくかの乗船料と船での労働を条件に運んでやったほうが、あがりになる。
「お父さんたち、早く帰ってこないかなあ」
娘は父親と恋人の帰宅を信じて疑わないようだったが、男は彼らはもう戻ってこないのではないかと思った。

酒瓶を5,6本空けると、男も酒に満足してきた。いつもならひとりで3本も飲めばいいくらいなのだが、いい酒というのはいくらでも飲めるらしい。
男の航海での与太話を、面白そうに娘は聞いていた。いい気持ちになって辞するときに、男が娘を抱きしめようとすると、娘はするりとよけて笑った。
「いやよ、おじさんたらものすごくお酒臭いんだもの」
「そうか、俺はおじさんか」
男は笑い、まだ小雨が降っている外へ出た。
「おじさん、港にお父さんか彼みたいな人がいたら、一度戻るように伝えてね」
「ああ、わかったよ」
男は軽く手を振って、娘の酒場をあとにしたものの、娘の父親も恋人も、もう生きてはいないだろうと思っていた。
なんといっても、小一時間歩けば港には着くのだ。
たとえ乗せてくれる船が見つからないとしても、何日も帰らないはずがない。
「気の毒にな」
まだ消えない窓の明かりを振り返って男はつぶやいた。
しかし、そんな不幸な娘はどこにでもいる。男にはどうしてやることもできなかったし、どうにかしてやる気もなかった。

船に戻ると、案の定酒は飲みつくされていた。船に残された船員たちには到底足りない量だったので、いつもの倍は飲んだという男は仲間にうらやましがられた。
男は、翌日の夜には仲間を案内するからといって落ち着かせたのだった。
「飲みすぎで二日酔いになりやがれ」
船員は嫌味がましく責めたのだが、翌日男はすっきりとした気分で目がさめた。上等の酒は悪酔いも二日酔いもしないのだろと、男はとても得をした気分だった。
翌朝、前日に男が手配した物資が運び込まれると、数日滞在の予定を変えて、船長は早々に出航をきめた。
戦争の様子がかなり危険だと判断したからだった。
出港準備であわただしくしながらも、男は港に娘の父親や恋人らしい男を探してはみたのだが、やはりみつからなかった。

男の船は次の寄港地に到着した。
潮の良い航海のあとだったので、船員はみんなで機嫌よく酒場に繰り出した。
「そういえば、サーペンツホールドでは約束を反故にされたな」
ひとりの船員が男にいった。
「仕方ないだろう、船長が出航をきめちまったんだから。次に寄ったら連れて行ってやるよ。もっともそのときにその娘がいるとは限らないがな」
男は娘が島をでるつもりで父親と恋人を待っているのだと話した。
「でもお前の考えだと、父親と恋人はもう死んでいるんだろう。だったらいつまでもその娘は待っているんじゃないのか」
「そうかもしれないな、でもだったらなおさら、俺はあの娘には会いたくないなあ」
「お前がいかなくても俺はいってみたいな。場所はどこになるんだい」
仕方なく男が娘の酒場の場所への道順を説明していると、グラスと酒瓶が床におちて割れる音が響いた。
男たちの後ろのテーブルのかたづけをしていた給仕ががたがたと震えながらひさまずいていた。
「どうしたんだ、なにかの発作か」
男たちが給仕を支えて椅子に座らせた。
中年の給仕の左腕は、肘のしたで切断されていて、義手がついていた。
給仕は義手で、男をさすと、青ざめた顔をむけた。
「その娘、自分の名は名乗ったか」
「いや、名は聞かなかったな」
給仕は、娘のなりを詳しく話せと、つかみかかった。
「落ち着けよ、あんたあの娘を知っているのか」
娘の背が低かったことや、髪の色、目の色、覚えている限りを男が話すと、給仕はがっくりと椅子に倒れこむように腰をかけた。
給仕はぶつぶつと、同じ言葉を繰り返していた。
「死んだはずだ。死んだはずだ。死んだはずだ・・・・」
「なにを言っているんだ」
男が給仕の両肩に手をかけると、給仕は男に顔をむけた。その目はかっと見開かれていた。
「その娘は俺の目の前で死んだはずだ」
男はもしや、と思いついた。
この給仕は、娘を残してあの島から抜け出した父親なのではないかと思ったのだ。
だが、給仕はさらにつぶやいたのだ。
「あれから30年経っているというのに、あの娘はまだ、自分が死んだことに気がついていないのだな」
急に給仕が笑い出した。狂気にみちた笑い声だった。
酒場の客が全員、なにごとかと集まってきた。
酒場のおやじが慌てて、給仕を裏に連れて行ってしまった。
「なんだったんだ」
「わからん、あいつは頭がおかしいんじゃないのか」
客たちはそれぞれに元のテーブルに戻って、また飲み始めた。

酒場の親父が戻ってきて、給仕が粗相したあとをかたずけはじめたので、男は声をかけた。
「おやじ、あいつはどうしちまったんだ」
「ああ、お客さん、気分を壊してしまってすみませんでした」
「いや、いいよ、あいつのことを教えてくれないか」
男も他の船員も、おやじを責めないどころか興味深々だったので、おやじも気をよくしたようだった。
「いえね、あの男は、サーペンツホールドの出身なんですよ。30年ほど前にでてきたって話なんですけどね。なんでも、恋人とその父親と一緒に、こっちへ渡ってくるはずだったそうで。あんたたちは若いから知らないでしょうけど、30年前のあそこの戦争もひどいもんだったんですよ。なにしろ街のなかだろうが港だろうがお構いなしに荒れてましてね、船を港の桟橋につけられないほどだったそうですよ。
あいつは連れと一緒に小船を出して、沖に泊めた船に向かったそうなんですが、途中で恋人が揺れた小船から海に落ちましてね。海蛇に飲まれちまったそうなんですよ。娘の父親は、娘を助けようと海に飛び込んでやはり海蛇に食われてしまったそうで。
あいつは海蛇に半分食われた娘に、左腕にしがみつかれたそうでね。そりゃね、引っ張ったって、娘は半分食われちまってたんだから、助けることはできないどころか、やつ自身も一緒に飲み込まれちまったろうってのは、わかりますよ。
あの男は恋人を見捨てたわけなんですよ。このままじゃ自分も引きずり込まれちまうってね、自分で腕を叩き切って逃げてきたそうですよ。
ひどい痛みに耐えながらも、あいつは目当ての船にたどり着き、こっちに渡ってきたんですよ」

「それが30年も前の話だって言うのか」
男はおやじに言った。
「俺が会った娘は、17、8の若い娘だったぞ。話もしたし、酒も飲ませてもらった」
船員のひとりがむっとして親父にいった。
「いくらなんでもひどい作り話だ。気がそがれたわ」
他の船員も言った。
「そうだな、おおよそあいつに捨てられた娘が、よく似た娘を産んだんじゃないのか」
客の機嫌が悪くなってきたと見て、親父が慌ててとりなそうとした。
「まあまあ、あの男はちっと頭がおかしいのかもしれませんね。もとは漁師だって聞きましたけど、船に乗るともどすようになっちまってね。それでおいらの店で給仕をしてるってわけなんですよ。きっと心のどっかが壊れてるんですよ。なにしろいつも夢の中にその恋人があらわれて、早く帰ってきてと訴えるとおびえるんですからね。」
騒ぎのお詫びにと、酒代をだいぶんまけてもらって男たちは酒場を後にした。

船に戻ってしまえば、一度会っただけの娘や給仕のことなどはどうでもよくなるもので、男もそんなことはすっかり忘れて日々を過ごしていた。
思い出したのは10年も経って、やっと戦争が落ち着いたサーペントホールドに立ち寄ったときだった。
真冬だったので、話を覚えていたほかの船員はいたものの、わざわざ遠い場所までは行きたがらなかった。
男は、娘がもういなくなっているか、もしまだ居るのなら所帯を持って子供の何人かも生んでいることだろうと、どちらにせよ軽い好奇心で娘の酒場に向かった。
寒い夜だったが、雪が降るほどではなかった。ほろ酔いの気分で、頬に当たる冷気を楽しみながら男は歩いた。
道のりは覚えていたので、目当ての窓の明かりはすぐにみつかった。
10年前と変わらないように見える窓の向こうに、後姿の女が立っているのが見えた。
背格好は、あの娘のように思えた。
男はドアを開けようと、入り口に回った。
ドアは中から開けられ、女が顔を出して言った。
「おかえりなさい、遅かったのね」
男は全身が、魔法にかけられたかのように動けなくなるのを感じた。
娘は10年前と同じ、17,8の幼い姿だったのだ。その顔も着ている服も、そして何よりも涼やかな声が、10年前の記憶とまったく同じだったのだ。
男はからからに乾いた喉に、なんとか生唾を飲み込むと「すまんが家をまちがったようだ」と言うと逃げるように背をむけた。
そして振り返ることなど怖くてできないままに、船に戻って震えながら、寝付けないままに朝を迎えたのだ。

朝になり、ひどい顔色の男をみて船員たちがびっくりして聞いた。
「どうしたっていうんだ。まるで生気を抜かれたようじゃないか」
男は昨夜の出来事と、10年前のあの給仕の話をした。
船員の中にはそのとき一緒に飲んでいたものもいたので、これからその娘の酒場にいってみようということになった。

男は寝不足で、おまけに昨夜の寒さのせいかあちこち痛む身体で、仲間を案内した。
娘の酒場、いやたぶん酒場だった場所は、もはや家とはいえない廃屋が残っているだけだった。
何本かの柱と傾いた屋根、半分崩れ落ちた壁、かつてここには建築物があったのだとわかるだけの囲いのなかに、テーブルと椅子らしきものがあった。
テーブルの上には、かけたグラスが置いてあり、たまった雨水が凍って、朝の光に輝いていた。
男たちは唖然とし、しばらくお互いに顔を見合わせたあとに笑い出した。
「おまえ、雨水を酒だと思って飲んだのかよ」
「どうやらそうらしい、どうりで二日酔いにもならないはずだ」
「次の日に腹を壊さなかったか」
「特にそんなことはなかったな」

船員たちは笑いながら船に戻り、雨水を酒といつわって幽霊娘に飲まされた間抜けな男を、しばらくは酒場の与太話として楽しんだ。

                                                    (了)


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(あとがき)

こちらは脚本版のあとに、こうだったほうが良かった、と思いながら書いてみたものです。
読んでいただきありがとうございます。
暇つぶしになったでしょうか?

ラジオドラマの脚本は、時間に追われることがあったり、放送時間が何分くらいになるかとか、声優は何人確保できるとかで作っていくので、とにかく登場人物の制限がっ、きっつっ、という事情があるんです。

そのストレスをこのような形で発散するんですね。

全部ではありませんが、こういった形で別バージョンもお楽しみいただければと(え?楽しくない? あっ、石投げないでっw)思います。

つか、趣味、ただの趣味だから。またジニーがなんかやってるよ・・・・・と、生暖かく見守っていただけるとありがたいです。

皆様の忍耐に感謝します^^ノ

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